Category: 空の旅
大人の西遊記その1 ~半島へ
6月19日の午前中は、仙台駅へ。
コンコースで沖縄の物産展を開催中だった。

残念ながら、今回は買えない。
混んでいて座れなかったアクセス鉄道で、空港へ。

チェックインしてから、仙台に来て、初めての出国検査だ。

保安検査場もだいぶ様変わりしていたが、これは国内線も同じなのかな。

最後に外国へ渡ったのは、1999年か2000年。20年ぶりだ。

仙台空港内にも、免税店なんてあるんだな、当然か。

この航空会社も初めての経験だ。

そこそこ混んでいたが、東南アジア系の客が多かった気がする。

温められた機内食を食べるのも20年ぶりかも。

コチュジャンをかけて、好みの辛さにするのだ。

およそ二時間半のフライトだから、那覇よりは近い。

機材は小さめだ。

生まれて初めての半島。と言ってもここは島らしい。

いろいろ揉めている相手国なので、個人的には抵抗がある。

仁川空港だ。
成田から飛んできた友人たちと待ち合わせ。
そう言えば、歯ブラシを忘れてきたなぁ、と思っていたら、友人Tがレンタル予約してたSIMカードのおまけについてきた歯ブラシをくれた。

ホテルまで乗せてくれるバスを探すが、どうもうまいのが見つからない。
ワタシには初めての国、友人たちの方が経験豊富なので、頼りっきりだ。

バスがダメみたいなので、タクシー運転手と話を始めるが、どうも我々が予約したホテルを知らないのだ。
もちろん住所はわかっているので、その近くまで乗せてもらった。
しかし建物がホテルっぽくないし、そのホテルの看板もない。
ロビーをうろうろ。
何人かの現地人に聞いて、事務所にたどり着いた。普通のマンションだ。
ドアに貼り紙。我々にあてたものなんだろう。

要は留守にしてるから、電話しろと。
しかし友人のSIMはデータ通信専用で、通話ができない。
ビル周辺まで探したが、公衆電話も見つからない。
結局ドアの前を通りかかった、現地人のお姉さんに事情を話して、電話してもらった。
すぐに担当者がが来てカードキーをもらい部屋へ。
とても綺麗な部屋だった。いわゆる民泊なのだろう。
携帯電話がないと生活ができない国は、日本も同じなのか。
ここまで1時間以上かかり、予定していた街中へ繰り出す元気がなくなった4人。
ビルの一階が食堂街だったので、近場で済ませることに。

ちんぷんかんぷんな暗号が並ぶ。

金額は一桁減らすとちょうど円と同じくらいになるらしい。

観光客向けの店ではなかったが、一人英語を話せる女性が、英語メニューを持って来てくれた。

あとは何とか。

昔独逸に駐在していた時に、現地の韓国レストランは、日本食食堂よりも遅くまで開いていて、仕事が延びた時にはよく通ったのだが、そこで初めてプルコギや、焼き春雨を食べたものだ。

その後仙台に来て、時々食べるようになったので、多少は知識もあるつもりだったが、現地の方が豪快。

まぁ、庶民的な店なのだろう。

これは辛かった。

ビビンバは、もはやほっとする味。

焼酎なのかな。

冷麺。

なぜかお姉さんラベルが多い国だった。

まんぷくで部屋に戻る。
コンコースで沖縄の物産展を開催中だった。

残念ながら、今回は買えない。
混んでいて座れなかったアクセス鉄道で、空港へ。

チェックインしてから、仙台に来て、初めての出国検査だ。

保安検査場もだいぶ様変わりしていたが、これは国内線も同じなのかな。

最後に外国へ渡ったのは、1999年か2000年。20年ぶりだ。

仙台空港内にも、免税店なんてあるんだな、当然か。

この航空会社も初めての経験だ。

そこそこ混んでいたが、東南アジア系の客が多かった気がする。

温められた機内食を食べるのも20年ぶりかも。

コチュジャンをかけて、好みの辛さにするのだ。

およそ二時間半のフライトだから、那覇よりは近い。

機材は小さめだ。

生まれて初めての半島。と言ってもここは島らしい。

いろいろ揉めている相手国なので、個人的には抵抗がある。

仁川空港だ。
成田から飛んできた友人たちと待ち合わせ。
そう言えば、歯ブラシを忘れてきたなぁ、と思っていたら、友人Tがレンタル予約してたSIMカードのおまけについてきた歯ブラシをくれた。

ホテルまで乗せてくれるバスを探すが、どうもうまいのが見つからない。
ワタシには初めての国、友人たちの方が経験豊富なので、頼りっきりだ。

バスがダメみたいなので、タクシー運転手と話を始めるが、どうも我々が予約したホテルを知らないのだ。
もちろん住所はわかっているので、その近くまで乗せてもらった。
しかし建物がホテルっぽくないし、そのホテルの看板もない。
ロビーをうろうろ。
何人かの現地人に聞いて、事務所にたどり着いた。普通のマンションだ。
ドアに貼り紙。我々にあてたものなんだろう。

要は留守にしてるから、電話しろと。
しかし友人のSIMはデータ通信専用で、通話ができない。
ビル周辺まで探したが、公衆電話も見つからない。
結局ドアの前を通りかかった、現地人のお姉さんに事情を話して、電話してもらった。
すぐに担当者がが来てカードキーをもらい部屋へ。
とても綺麗な部屋だった。いわゆる民泊なのだろう。
携帯電話がないと生活ができない国は、日本も同じなのか。
ここまで1時間以上かかり、予定していた街中へ繰り出す元気がなくなった4人。
ビルの一階が食堂街だったので、近場で済ませることに。

ちんぷんかんぷんな暗号が並ぶ。

金額は一桁減らすとちょうど円と同じくらいになるらしい。

観光客向けの店ではなかったが、一人英語を話せる女性が、英語メニューを持って来てくれた。

あとは何とか。

昔独逸に駐在していた時に、現地の韓国レストランは、日本食食堂よりも遅くまで開いていて、仕事が延びた時にはよく通ったのだが、そこで初めてプルコギや、焼き春雨を食べたものだ。

その後仙台に来て、時々食べるようになったので、多少は知識もあるつもりだったが、現地の方が豪快。

まぁ、庶民的な店なのだろう。

これは辛かった。

ビビンバは、もはやほっとする味。

焼酎なのかな。

冷麺。

なぜかお姉さんラベルが多い国だった。

まんぷくで部屋に戻る。