Category: 博物芸術
井戸の研究じゃないよ
先週木曜日の昼呑み会の時に忘れてきた傘は、昨日回収できた。
やっぱり最後の店だった。
これは翌金曜日の、今月1日。
東北道を北へ向かい、新しく出来た奥州スマートインターで降りてみたら、ジャズ喫茶Half Noteの目の前に出た。
ちょっと北へ走って、前から来てみたかった、この洋館。

1921(大正10)年に、緯度観測所として建てられ、1967(昭和42)年に移築された美しい建物だ。
21世紀に入っていったんは取り壊しが決まったらしいが、保存運動で生き残り、2008年から奥州宇宙遊学館として公開されている。

楽しい施設だ。

敷地は今も国立天文台関連の施設として使われている。

ここもまた、宮沢賢治と関係があった。

賢治はたびたびここを訪問しており、覚えていないが、風の又三郎にも登場しているそうなのだ。

ファーストマンのポスターが大正時代の建物に貼ってあると、時代が分からなくなる。

緯度計測は隣の建物で現在も続けられており、大震災の時の計測結果が興味深かった。

2011年にこの場所は3m動いたのだ。

ウィキペディアによれば、地球の歳差運動や地軸の微小な振動運動とその緯度測定への影響などを研究するため、1899年にアメリカ合衆国沿岸測地測量局により国際緯度観測事業 (International Latitude observation Service, ILS)が立ち上げられ、6つの独立した観測所が北緯39°08'線上に設立された。
6つの観測所を同じ緯度上に並べて同一機種の測定器で測定を行うことで、統一したデータ解析ができるようにしていた。

設定された観測所は以下の6つである。
ゲイザースバーグ (アメリカ合衆国)
シンシナティ (アメリカ合衆国)
ユカイア (アメリカ合衆国)
岩手県水沢市 (日本) → のち市町村合併で、奥州市
チャルジョウ (トルキスタン) →のちに、 キタブ (ウズベキスタン)
カルロフォルテ (イタリア)

電波望遠局側から見る、旧緯度観測所本館。

このテニスコートも、風の又三郎に登場するとか。

そして、初代館長、木村榮の記念館は、明治時代の建築だ。

国の登録有形文化財。

伊能忠敬の時代と、電波望遠鏡時代をつなぐ、その間の時期に使われた六分儀類かな。

貴重な光学機器だ。

館のHPによると、 ・木村榮によるZ項の発見(1902年)
緯度観測を開始した直後の1900年のデータを調べた結果、ポツダムの中央局は、水沢の観測誤差が大きいと指摘し、望遠鏡の調査や観測を見直すように指示しました。つまり水沢の観測結果は落第点をつけられてしまいました。中央局の指摘後、半年近くたった1901年の秋になって、中央局の報告書の値に予想外の変動が見つかりました。観測された緯度の極運動から逆算された観測所の緯度からの差(残差)が1年周期で変動していたのです。この変動は観測所の経度ごとに違っていますが、そのためには、観測緯度に経度によらない変動があると考えなくてはなりません。そこで緯度変化を表す式に、観測局の経度 によらずすべての局に共通の変化を表すZという項を入れて(中略)表すことを考えました。すると観測結果をずっと良く表すことができ、特に水沢の観測残差は半分近くまで減りました。Zの大きさは地表面で1mほど動くことに相当します。
Z項の導入により、未知の現象を発見したばかりでなく水沢の観測精度が高いことも示し、木村は世界の天文学界に対して面目を保つことができました。
上手く説明できないが、Z項が存在する原因は、地球内部が液状だかららしい。
昼メシ時になったので、北に移動しガイドブックで見つけた、隣町のこちらへ。

北上のトロイカだ。

ロシア料理店になる。
客は他にワングループだけだったが、ケーキを買いに来る客がちょこちょこ来ていた。

ピロシキと、ボルシチを注文、合わせて1700円、高級だ。

ひき肉と卵が入った揚げパンが、ピロシキ。

牛肉と野菜の煮込みがボルシチ。 どちらも火傷しそうにあっつあつだ。

もう少し癖があるのかと想像していたが、サワークリームが乗っていなければ、ごく普通な味か。
日本人の嗜好に合わせているのかも。
北上江釣子インターからまた東北道。
そう、まさにこの日から最高速120㎞の試行が始まっている。

これが今回の旅の目的と言っても、過言ではない。

ただクルーズコントロールの上限が115㎞なので、久しぶりにずっとアクセルを踏み続けるのが、少し疲れる。
盛岡インターで降りて御所湖へ。湖面が凍結していた。

やはりまだ北岩手は寒い。
雫石に入って、岩手山に向かって駆け上がり、網張温泉スキー場に到着。

例によってスキーはしないのに。
まずはビジターセンターを見学した。

やっぱり最後の店だった。
これは翌金曜日の、今月1日。
東北道を北へ向かい、新しく出来た奥州スマートインターで降りてみたら、ジャズ喫茶Half Noteの目の前に出た。
ちょっと北へ走って、前から来てみたかった、この洋館。

1921(大正10)年に、緯度観測所として建てられ、1967(昭和42)年に移築された美しい建物だ。
21世紀に入っていったんは取り壊しが決まったらしいが、保存運動で生き残り、2008年から奥州宇宙遊学館として公開されている。

楽しい施設だ。

敷地は今も国立天文台関連の施設として使われている。

ここもまた、宮沢賢治と関係があった。

賢治はたびたびここを訪問しており、覚えていないが、風の又三郎にも登場しているそうなのだ。

ファーストマンのポスターが大正時代の建物に貼ってあると、時代が分からなくなる。

緯度計測は隣の建物で現在も続けられており、大震災の時の計測結果が興味深かった。

2011年にこの場所は3m動いたのだ。

ウィキペディアによれば、地球の歳差運動や地軸の微小な振動運動とその緯度測定への影響などを研究するため、1899年にアメリカ合衆国沿岸測地測量局により国際緯度観測事業 (International Latitude observation Service, ILS)が立ち上げられ、6つの独立した観測所が北緯39°08'線上に設立された。
6つの観測所を同じ緯度上に並べて同一機種の測定器で測定を行うことで、統一したデータ解析ができるようにしていた。

設定された観測所は以下の6つである。
ゲイザースバーグ (アメリカ合衆国)
シンシナティ (アメリカ合衆国)
ユカイア (アメリカ合衆国)
岩手県水沢市 (日本) → のち市町村合併で、奥州市
チャルジョウ (トルキスタン) →のちに、 キタブ (ウズベキスタン)
カルロフォルテ (イタリア)

電波望遠局側から見る、旧緯度観測所本館。

このテニスコートも、風の又三郎に登場するとか。

そして、初代館長、木村榮の記念館は、明治時代の建築だ。

国の登録有形文化財。

伊能忠敬の時代と、電波望遠鏡時代をつなぐ、その間の時期に使われた六分儀類かな。

貴重な光学機器だ。

館のHPによると、 ・木村榮によるZ項の発見(1902年)
緯度観測を開始した直後の1900年のデータを調べた結果、ポツダムの中央局は、水沢の観測誤差が大きいと指摘し、望遠鏡の調査や観測を見直すように指示しました。つまり水沢の観測結果は落第点をつけられてしまいました。中央局の指摘後、半年近くたった1901年の秋になって、中央局の報告書の値に予想外の変動が見つかりました。観測された緯度の極運動から逆算された観測所の緯度からの差(残差)が1年周期で変動していたのです。この変動は観測所の経度ごとに違っていますが、そのためには、観測緯度に経度によらない変動があると考えなくてはなりません。そこで緯度変化を表す式に、観測局の経度 によらずすべての局に共通の変化を表すZという項を入れて(中略)表すことを考えました。すると観測結果をずっと良く表すことができ、特に水沢の観測残差は半分近くまで減りました。Zの大きさは地表面で1mほど動くことに相当します。
Z項の導入により、未知の現象を発見したばかりでなく水沢の観測精度が高いことも示し、木村は世界の天文学界に対して面目を保つことができました。
上手く説明できないが、Z項が存在する原因は、地球内部が液状だかららしい。
昼メシ時になったので、北に移動しガイドブックで見つけた、隣町のこちらへ。

北上のトロイカだ。

ロシア料理店になる。
客は他にワングループだけだったが、ケーキを買いに来る客がちょこちょこ来ていた。

ピロシキと、ボルシチを注文、合わせて1700円、高級だ。

ひき肉と卵が入った揚げパンが、ピロシキ。

牛肉と野菜の煮込みがボルシチ。 どちらも火傷しそうにあっつあつだ。

もう少し癖があるのかと想像していたが、サワークリームが乗っていなければ、ごく普通な味か。
日本人の嗜好に合わせているのかも。
北上江釣子インターからまた東北道。
そう、まさにこの日から最高速120㎞の試行が始まっている。

これが今回の旅の目的と言っても、過言ではない。

ただクルーズコントロールの上限が115㎞なので、久しぶりにずっとアクセルを踏み続けるのが、少し疲れる。
盛岡インターで降りて御所湖へ。湖面が凍結していた。

やはりまだ北岩手は寒い。
雫石に入って、岩手山に向かって駆け上がり、網張温泉スキー場に到着。

例によってスキーはしないのに。
まずはビジターセンターを見学した。

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Comments
緯度観測所
子供の頃から、父(江刺岩谷堂出身)に話を聞いていたのですが、まだ行ったことがありません。
近いうちに行きたいと思います。
風の又三郎には、出てきますよ。
120キロ区間はいいのですが、ハイエースのタイヤは、最高巡航速度が120キロのL規格なので、140キロのN規格の登場が待たれるところです。
近いうちに行きたいと思います。
風の又三郎には、出てきますよ。
120キロ区間はいいのですが、ハイエースのタイヤは、最高巡航速度が120キロのL規格なので、140キロのN規格の登場が待たれるところです。
まんぼうさんへ
なるほど、まんぼうさんの技は、岩谷堂の流れなんですね。
施設はローカルっぽい、手作り感が強いものですが、観測所の実績と建物は素晴らしく、展示内容は濃いです。
ワタシは一応電波工学、新田次郎の流れなので、あこがれます。
施設はローカルっぽい、手作り感が強いものですが、観測所の実績と建物は素晴らしく、展示内容は濃いです。
ワタシは一応電波工学、新田次郎の流れなので、あこがれます。