風写の黙示録

No Camera No Life. No Wind No Power. 時間に追われず、のんびり気ままに暮らしたい。 晴れてる方へツーリング、雨が降ったら過去への旅。 貴方のコメントを楽しみに、書き綴っています。 

Category: 船の旅

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国土拡張に貢献(さらに西へ7)

 19日の朝。
 出島を見学した後、海沿いに向かい、船着き場に到着。

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 島に渡るのだ。

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 あいにくの雨だが、満席。

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 ひとり4000円ほど。
 40分ほどの航海で、島が見えてきた。

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 例によってウィキから一部抜粋。
 端島(はしま)は、長崎県長崎市(旧高島町)にある島である。明治時代から昭和時代にかけて海底炭鉱によって栄え、東京以上の人口密度を有していた。しかし、1974年(昭和49年)の閉山にともなって島民が島を離れてからは、無人島である。軍艦島(ぐんかんじま)の通称で知られている。

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 2015年、国際記念物遺跡会議(イコモス)により、軍艦島を構成遺産に含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界文化遺産に登録された。


 またまた40年前の野母崎での記念写真。

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 長崎港から南西の海上約17.5キロメートルの位置にある。旧高島町の中心であり同じく炭鉱で栄えていた高島(の南端)からは南西に約2.5キロメートルの距離にあり、長崎半島(野母半島)からは約4.5キロメートル離れている。

 かろうじて写っていたので、コントラスト補正して拡大。当時メンバーの誰かが知っていたことになる。

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 端島と高島の間には中ノ島という小さな無人島があり、ここにも炭鉱が建設されたが、わずか数年で閉山となり、島は端島の住民が公園や火葬場・墓地として使用していた。そのほか端島の南西には「三ツ瀬」という岩礁があり、端島炭鉱から坑道を延ばしてその区域の海底炭鉱でも採炭を行っていた。

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 端島は本来は、南北約320メートル、東西約120メートルの小さな瀬であった。その小さな瀬と周囲の岩礁・砂州を、1897年(明治30年)から1931年(昭和6年)にわたる6回の埋め立て工事によって、約3倍の面積に拡張した。その大きさは南北に約480メートル、東西に約160メートルで、南北に細長く、海岸線は直線的で、島全体が護岸堤防で覆われている。

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 面積は約6.3ヘクタール、海岸線の全長は約1200メートル。島の中央部には埋め立て前の岩山が南北に走っており、その西側と北側および山頂には住宅などの生活に関する施設が、東側と南側には炭鉱関連の施設がある。

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 石炭発見の時期ははっきりしないが、いずれにせよ江戸時代の終わりまでは、漁民が漁業の傍らに「磯掘り」と称し、ごく小規模に露出炭を採炭する程度であった。1869年(明治2年)には長崎の業者が採炭に着手したものの、1年ほどで廃業し、それに続いた3社も1年から3年ほどで、台風による被害のために廃業に追い込まれた。36メートルの竪坑が無事に完成したのは1886年(明治19年)のことで、これが第一竪坑である。


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 交通手段はガイドツアーか漁船をチャーターするしかなく、島に上がれる人数には制限があるようで、船着き場も一ヶ所。

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 ガイドツアーの会社は4-5社あるので、順に客を降ろして、いったん沖に出る。

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 1890年(明治23年)、端島炭鉱の所有者であった鍋島孫太郎(鍋島孫六郎、旧鍋島藩深堀領主)が三菱社へ10万円で譲渡。端島はその後100年以上にわたり三菱の私有地となる。譲渡後は第二竪坑と第三竪坑の開鑿もあって端島炭鉱の出炭量は高島炭鉱を抜く(1897年)までに成長した。

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 この頃には社船「夕顔丸」の就航、蒸留水機設置にともなう飲料水供給開始(1891年)、社立の尋常小学校の設立(1893年)など基本的な居住環境が整備されるとともに、(1897年から1931年)島の周囲が段階的に埋め立てられた。


 ちなみに、島内はなぜか傘の使用は禁止。売店も、トイレも、水飲み場もない。

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 1916年(大正5年)には日本で最初の鉄筋コンクリート造の集合住宅「30号棟」が建設された。この年には大阪朝日新聞が端島の外観を「軍艦とみまがふさうである」と報道しており、5年後の1921年(大正10年)に長崎日日新聞も、当時三菱重工業長崎造船所で建造中だった日本海軍の戦艦「土佐」に似ているとして「軍艦島」と呼んでいることから、「軍艦島」の通称は大正時代ごろから用いられるようになったとみられる。

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 ただし、この頃はまだ鉄筋コンクリート造の高層アパートは少なく(30号棟と日給社宅のみ)、大半は木造の平屋か2階建てであった。

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 端島炭鉱は良質な強粘炭が採れ、隣接する高島炭鉱とともに、日本の近代化を支えてきた炭鉱の一つであった。それを支える労働者のための福利厚生もすごい勢いで整えられ、1937年の時点で、教育、医療保険、商業娯楽等の各施設は、既に相当なレベルで整備されていた。一方で仕事は非常にきつく、1日12時間労働の2交代制で、「星を頂いて入坑し星を頂いて出坑する。陽の光に当ることがない」との言葉がある。

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 1945年(昭和20年)6月11日にアメリカの潜水艦「ティランテ」が、停泊していた石炭運搬船「白寿丸」を魚雷で攻撃し撃沈したが、このことは「米軍が端島を本物の軍艦と勘違いして魚雷を撃ち込んだ」という噂話になった。1945年には高島二子発電所が空爆を受け、第2立坑が水没する。1945年(昭和20年)に完成した65号棟(報国寮)北棟の防空用偽装塗装にこの時期の記憶が残る。

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 人口が最盛期を迎えた1960年(昭和35年)には5,267人の人口がおり、人口密度は83600人/km2と世界一を誇り東京特別区の9倍以上に達した。

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 炭鉱施設・住宅のほか、小中学校・店舗(常設の店舗のほか、島外からの行商人も多く訪れていた)・病院(外科や分娩設備もあ った)・寺院「泉福寺」(禅寺だがすべての宗派を扱っていた)・映画館「昭和館」・理髪店・美容院・パチンコ屋・雀荘・社交場(スナック)「白水苑」などがあり、島内においてほぼ完結した都市機能を有していた。ただし火葬場と墓地、十分な広さと設備のある公園は島内になく、これらは端島と高島の間にある中ノ島に(端島の住民のためのものが)建設された。

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 1970年代以降のエネルギー政策の影響を受け、数百万トンの石炭を残したまま1974年(昭和49年)1月15日に閉山した。


 上のモノクロ写真は1978年だから、閉山後4年だ。
 私が小学生だった1960年代は、まだまだ元気だったころなので、ここで育った同世代人がいることになる。

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 子供たちが遊んでいる当時の写真を見ると、確かに同じファッションだ。

 写真に写っている白い灯台は、閉山後に建てられたそうだ。

 2000年代より、近代化遺産として、また大正から昭和に至る集合住宅の遺構としても注目されている。廃墟ブームの一環でもしばしば話題に上る。無人化以来、建物の崩壊が進んでいる。ただし外壁の崩壊箇所については、一部コンクリートで修復が行われている。

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 島は三菱マテリアルが所有していたが、2001年(平成13年)、高島町(当時)に無償譲渡された。所有権は、2005年(平成17年)に高島町が長崎市に編入されたことに伴い、長崎市に継承された。建物の老朽化、廃墟化のため危険な箇所も多く、島内への立ち入りは長らく禁止されていた。

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 2005年(平成17年)8月23日、報道関係者限定で特別に上陸が許可され、荒廃が進む島内各所の様子が各メディアで紹介された。島内の建築物はまだ整備されていない所が多いものの、ある程度は安全面での問題が解決され、2008年に長崎市で「長崎市端島見学施設条例」と「端島への立ち入りの制限に関する条例」が成立したことで、島の南部に整備された見学通路に限り、2009年(平成21年)4月22日から観光客が上陸・見学できるようになった(条例により、見学施設以外は島内全域が立入禁止)。


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 上の赤いラインの部分だけが見学エリアだった。

 解禁後の1か月で4,601人が端島に上陸した。その後も、半年間で34,445人、1年間で59,000人、3年間で275,000人と好調である。なお、上陸のためには風や波などの安全基準を満たしていることが条件になっており、長崎市は上陸できる日数を年間100日程度と見込んでいる。軍艦島上陸ツアーによる経済波及効果は65億円に上る。

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 国の方針で栄え、衰退した姿は、福島原発周辺の風景に重なって、悲しい。

 釣り人がいた。

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 チャーター船で来て、堤防上で釣るだけなら許可が要らないらしいが、島内には侵入禁止。

 一部で世界遺産への登録運動が行われ、2006年8月には経済産業省が端島を含めた明治期の産業施設を地域の観光資源としていかしてもらおうと、世界遺産への登録を支援することを決定した。2008年9月に「九州・山口の近代化産業遺産群」の一部として、世界遺産暫定リストに追加記載されることが決まり、2009年(平成21年)1月に記載された。

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 しかし、2015年3月31日に韓国政府が端島の世界遺産登録に反対を表明し、朴槿恵元大統領、尹炳世外交部長官が陣頭指揮を執り、ユネスコ、国際記念物遺跡会議、世界遺産委員国などに端島を世界遺産登録として認めないように外交活動を行っており、日韓の外交問題となっている。

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 長崎市の協力のもと、立入禁止区域や屋内を含む島内全域を撮影した端島のGoogle ストリートビューが、2013年6月28日に公開された。


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 そうか、住宅の方まで入れないなら、ストリートビューの方が良かったかも。

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 こんなものをもらい、同じ船で市内に戻った。

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 3時間ほどのコースだが、現地で勝手に歩けないのは面白くなかった。
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仙台在住の“いんぴんかだり”です。
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人前で話すこと、満員電車は真っ平御免。

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