Category: ドライブ
運命の分かれ径
夕べはイーグルス戦、スワローズ戦、ベガルタ戦が同時進行で、一応テレビは2台あるとはいえ、全部地上波じゃないし、大忙しでしたが、久しぶりに全て快勝。良い夜でした。
スポーツに限らず、見たい番組がどんどんなくなってる地上波、心配です。
松尾芭蕉は平泉を訪ねた後鳴子の「尿前の関(しとまえのせき)」を越え、出羽の国に入ります。“蚤虱 馬が尿する 枕元”の句で有名な堺田の「封人の家(関守)」に泊ったのは、旧暦5月15日(陽暦7月1日)のことです。江戸を出立してから50日あまり経過していました。結局封人の家には梅雨時の大雨にたたられ、仕方なく2泊します。雨が上がりようやく出立した芭蕉主従は尾花沢に向かいますが、途中の山刀伐峠は土地の若者の案内でようやく越えたほどの、険しい山越えでした。

ここまでの行程は芭蕉にとっては松島や平泉など、一番目の目的としていた地に足を踏み入れることのできた満足感とともに、かなりの疲労をともなった旅でもあったようです。やっとのおもいで山刀伐峠を越え尾花沢の鈴木清風を訪ねたとき、芭蕉は旧知の清風に会ったことでかなり気持ちがほぐれ疲れを癒されたようで、10日間という長逗留となりました。
以上は、庄内観光コンベンション協会HPからの引用ですが、国道47号線を、新庄から鳴子古川に向かって走ると、宮城への県境の手前にこんな古い庄屋が残っていて、よく見ると、此処が芭蕉の有名な句が生まれた場所であることがわかります。

この旧家は、風神の家ではなく、封人の家と呼ばれ保存されているのです。江戸初期の建築とか。ほうじんと読むそうです。
この家の向かいに気になる看板が在ったので、止まってみたのでした。なんども通っているのに初めて気づいたのです。

駐車場から、花が咲く心地良い小道を数分歩きます。

国道沿いでは賑やかな看板もこの辺には皆無で、爽やかです。

水に関係が深い、ある場所があったんですね。

途中から人懐っこい少女が道連れになってくれました。
その場所です。

写真の右下から来た水が、左右に分かれて流れて行きます。

そう、ここは世にも珍しい、見て触れる本当の分水嶺。感激です。
私が手を入れてちょっとかき回すだけで、ひと雫の水の運命が変わります。

この場所を走ったことがある方は判ると思いますが、県境の標識がなければ峠を超えたのを気づかないほどの起伏。
前出の封人の家も、元々は出羽の国と陸奥の国間の領地争いを納めるために出来たそうですから、元々稜線が判りにくいところなんですね。

この優しい小川は、観光用にあとから造られたものかも知れませんが、実に微笑ましくて楽しい場所です。
片方は石巻へ、片方は酒田に向かって流れていくのも嬉しいですね。どちらも海の幸と酒と稲の豊かな街。日高見対初孫、どっちも美味しい。
鮎や鮭が本州横断することが出来るかも。

すぐ脇をJR陸羽東線が走っていて、駅があります。その名もまんま、さかいだ、境だ、堺田!!

駅にも分水嶺の標識がありました。

分水嶺好きな私には、忘れられない場所になりました。

いろいろ検索してみると、兵庫と広島にも似たような場所があるようです。行ってみたいですね。
宮城に入って気温はさらに上がり、27度。

古川から高速に入ったときには、冷房を入れてしまいました。
スポーツに限らず、見たい番組がどんどんなくなってる地上波、心配です。
松尾芭蕉は平泉を訪ねた後鳴子の「尿前の関(しとまえのせき)」を越え、出羽の国に入ります。“蚤虱 馬が尿する 枕元”の句で有名な堺田の「封人の家(関守)」に泊ったのは、旧暦5月15日(陽暦7月1日)のことです。江戸を出立してから50日あまり経過していました。結局封人の家には梅雨時の大雨にたたられ、仕方なく2泊します。雨が上がりようやく出立した芭蕉主従は尾花沢に向かいますが、途中の山刀伐峠は土地の若者の案内でようやく越えたほどの、険しい山越えでした。

ここまでの行程は芭蕉にとっては松島や平泉など、一番目の目的としていた地に足を踏み入れることのできた満足感とともに、かなりの疲労をともなった旅でもあったようです。やっとのおもいで山刀伐峠を越え尾花沢の鈴木清風を訪ねたとき、芭蕉は旧知の清風に会ったことでかなり気持ちがほぐれ疲れを癒されたようで、10日間という長逗留となりました。
以上は、庄内観光コンベンション協会HPからの引用ですが、国道47号線を、新庄から鳴子古川に向かって走ると、宮城への県境の手前にこんな古い庄屋が残っていて、よく見ると、此処が芭蕉の有名な句が生まれた場所であることがわかります。

この旧家は、風神の家ではなく、封人の家と呼ばれ保存されているのです。江戸初期の建築とか。ほうじんと読むそうです。
この家の向かいに気になる看板が在ったので、止まってみたのでした。なんども通っているのに初めて気づいたのです。

駐車場から、花が咲く心地良い小道を数分歩きます。

国道沿いでは賑やかな看板もこの辺には皆無で、爽やかです。

水に関係が深い、ある場所があったんですね。

途中から人懐っこい少女が道連れになってくれました。
その場所です。

写真の右下から来た水が、左右に分かれて流れて行きます。

そう、ここは世にも珍しい、見て触れる本当の分水嶺。感激です。
私が手を入れてちょっとかき回すだけで、ひと雫の水の運命が変わります。

この場所を走ったことがある方は判ると思いますが、県境の標識がなければ峠を超えたのを気づかないほどの起伏。
前出の封人の家も、元々は出羽の国と陸奥の国間の領地争いを納めるために出来たそうですから、元々稜線が判りにくいところなんですね。

この優しい小川は、観光用にあとから造られたものかも知れませんが、実に微笑ましくて楽しい場所です。
片方は石巻へ、片方は酒田に向かって流れていくのも嬉しいですね。どちらも海の幸と酒と稲の豊かな街。日高見対初孫、どっちも美味しい。
鮎や鮭が本州横断することが出来るかも。

すぐ脇をJR陸羽東線が走っていて、駅があります。その名もまんま、さかいだ、境だ、堺田!!

駅にも分水嶺の標識がありました。

分水嶺好きな私には、忘れられない場所になりました。

いろいろ検索してみると、兵庫と広島にも似たような場所があるようです。行ってみたいですね。
宮城に入って気温はさらに上がり、27度。

古川から高速に入ったときには、冷房を入れてしまいました。
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