Category: 街角探検
雨がしとしと日曜日、僕は
今日から全局一斉にアナログテレビの放送がレターボックスになります。通称レタボ。この話題になると周囲のメタボおやじが反応します、私も。
レターボックスというのは郵便受けのこと。画面の上と下に黒い帯があって中央の16:9の部分だけに絵が出ます。

カメラマンとしてはこれまで必要なものは4:3の中に入るように、かつ余計な物は16:9の中にも入らないように撮影しなければならなかったのですが、今日その呪縛から放たれることになりました。
HDDレコーダーやケーブルテレビチューナーなどから、デジタル放送をアナログテレビにサイドカット出力している人に、4:3で見続ける視聴者は残りますが、殆どの人には横長の画像を見ていただけることになりました。
先週の日曜日は朝から霧雨の新潟。
それでも7時にロビー集合で朝の見廻りです。

今回なんども渡った萬代橋。美しい橋です。
瓦斯灯。

歩いて、再び古町です、雨が降る街。

新古町(変な名前、しんふるまち?)版画通り。小学生が彫った版画が飾られています。

原宿の裏通りのような佇まいに、妙にはまった一軒のお店。
中華のカトウ。 朝だというのに期待通り暖簾がかかっています。

麺食いの私は、数多くのお店を訪問しましたが、手打式中華というのは初めてかも。
用紙の使い方をもう少し何とかして欲しいメニュウ。

geocitiesからの引用です。
ここは「朝ごはん」で訪れるべし
開店は朝7時。自家製麺のため量に限りがあり、昼12時、早ければ朝10時にのれんをしまう。
「うちはね、朝ごはんなのよ」とおかみさんは笑う。
老舗のそば屋で修行した先代が店を開き、現在はその娘さんと店主の野本さんが味を継いでいる。

開店以来、メニューはラーメンとチャーシュー麺の二つのみ。
あめ色の澄んだスープに少し細めで平たい麺がひらひらと舞い、タマネギのみじん切りが浮かぶ。
約40年の歴史を刻む店には、昔からの常連客に混じって遠方からやってくるお客さんも多いという。
(新潟ラーメン食べあるき2008より)
中華そば、450円。これがこの日の朝食です。

太麺や、コシのある麺には程遠い、十文字ラーメンにも通じる、柔らか目の平打ち手打式麺、平打ちなのに縮れない珍しいラーメンです。葱ではなくて刻み玉葱がのっているところも超個性的(ぱんだ(親)さん的には×)。
実に朝飯向き。
あっさり醤油味は、朝食にも
ご主人の加藤さんは、大正3年山形で生まれる。
昭和3年に新潟へ出て、老舗の蕎麦屋で修行。昭和43年に今の店を開店した。
今風にいうなら「蕎麦好きのスープ」がコンセプトだ。豚肉少なめに、
カツオと煮干しで取ったスープは、あっさりした醤油味。
ご主人の言葉をそのまま伝えるなら「手打ち式のラーメン」である。
もっぱらこねる自家製麺は平たく、食べやすさを追求したら形がこうなったのだそうである。
穴のあいたナルトは既製品だが、舌にくっついて離れない、といった「苦情」はないそうである。
丸みのあるスープにタマネギの相性はすこぶるよろしい。
甘味がほのかに漂ってきて、朝からでも食べられる。
人々が寝静まる深夜2時からご主人の1日は始まる。
麺とスープを仕上げるのが早朝6時、7時にはノレンをかけ、麺がなくなると、その日の営業を終える。
テレビを見ながらビールを飲み、床につくのが午後5時半。これが日課である。
(新潟ラーメン食べあるき2004、2003、1996より)
スープ…豚骨、カツオ節、煮干し
子供連れの家族、若い女性のお一人様、あらゆる世代の皆さんが狭い店内で席を分け合っていました。
そして、さらに歩いて、県政記念館。

明治16年、1883年の建築。

昭和7年、1932年まで県会議事堂として使用されたそうです。

色と言いカタチ、デザインと言い個性的で美しい建築です。

時間がなくて殆ど見られなかった白山神社の池。

そしてさらに歩いて、白山市場です。

住宅街にある公設の朝市。地元の人が自転車の籠を一杯にして帰って行きます。
変わった赤飯は新潟標準? 茶色いものと、やたらに鮮やかなピンク。

綺麗に撮ってねぇ。

次の予定があったので慌ててバスでホテルへ戻りました。
レターボックスというのは郵便受けのこと。画面の上と下に黒い帯があって中央の16:9の部分だけに絵が出ます。

カメラマンとしてはこれまで必要なものは4:3の中に入るように、かつ余計な物は16:9の中にも入らないように撮影しなければならなかったのですが、今日その呪縛から放たれることになりました。
HDDレコーダーやケーブルテレビチューナーなどから、デジタル放送をアナログテレビにサイドカット出力している人に、4:3で見続ける視聴者は残りますが、殆どの人には横長の画像を見ていただけることになりました。
先週の日曜日は朝から霧雨の新潟。
それでも7時にロビー集合で朝の見廻りです。

今回なんども渡った萬代橋。美しい橋です。
瓦斯灯。

歩いて、再び古町です、雨が降る街。

新古町(変な名前、しんふるまち?)版画通り。小学生が彫った版画が飾られています。

原宿の裏通りのような佇まいに、妙にはまった一軒のお店。
中華のカトウ。 朝だというのに期待通り暖簾がかかっています。

麺食いの私は、数多くのお店を訪問しましたが、手打式中華というのは初めてかも。
用紙の使い方をもう少し何とかして欲しいメニュウ。

geocitiesからの引用です。
ここは「朝ごはん」で訪れるべし
開店は朝7時。自家製麺のため量に限りがあり、昼12時、早ければ朝10時にのれんをしまう。
「うちはね、朝ごはんなのよ」とおかみさんは笑う。
老舗のそば屋で修行した先代が店を開き、現在はその娘さんと店主の野本さんが味を継いでいる。

開店以来、メニューはラーメンとチャーシュー麺の二つのみ。
あめ色の澄んだスープに少し細めで平たい麺がひらひらと舞い、タマネギのみじん切りが浮かぶ。
約40年の歴史を刻む店には、昔からの常連客に混じって遠方からやってくるお客さんも多いという。
(新潟ラーメン食べあるき2008より)
中華そば、450円。これがこの日の朝食です。

太麺や、コシのある麺には程遠い、十文字ラーメンにも通じる、柔らか目の平打ち手打式麺、平打ちなのに縮れない珍しいラーメンです。葱ではなくて刻み玉葱がのっているところも超個性的(ぱんだ(親)さん的には×)。
実に朝飯向き。
あっさり醤油味は、朝食にも
ご主人の加藤さんは、大正3年山形で生まれる。
昭和3年に新潟へ出て、老舗の蕎麦屋で修行。昭和43年に今の店を開店した。
今風にいうなら「蕎麦好きのスープ」がコンセプトだ。豚肉少なめに、
カツオと煮干しで取ったスープは、あっさりした醤油味。
ご主人の言葉をそのまま伝えるなら「手打ち式のラーメン」である。
もっぱらこねる自家製麺は平たく、食べやすさを追求したら形がこうなったのだそうである。
穴のあいたナルトは既製品だが、舌にくっついて離れない、といった「苦情」はないそうである。
丸みのあるスープにタマネギの相性はすこぶるよろしい。
甘味がほのかに漂ってきて、朝からでも食べられる。
人々が寝静まる深夜2時からご主人の1日は始まる。
麺とスープを仕上げるのが早朝6時、7時にはノレンをかけ、麺がなくなると、その日の営業を終える。
テレビを見ながらビールを飲み、床につくのが午後5時半。これが日課である。
(新潟ラーメン食べあるき2004、2003、1996より)
スープ…豚骨、カツオ節、煮干し
子供連れの家族、若い女性のお一人様、あらゆる世代の皆さんが狭い店内で席を分け合っていました。
そして、さらに歩いて、県政記念館。

明治16年、1883年の建築。

昭和7年、1932年まで県会議事堂として使用されたそうです。

色と言いカタチ、デザインと言い個性的で美しい建築です。

時間がなくて殆ど見られなかった白山神社の池。

そしてさらに歩いて、白山市場です。

住宅街にある公設の朝市。地元の人が自転車の籠を一杯にして帰って行きます。
変わった赤飯は新潟標準? 茶色いものと、やたらに鮮やかなピンク。

綺麗に撮ってねぇ。

次の予定があったので慌ててバスでホテルへ戻りました。